【釈迦如来】
素盞鳴大神様の和魂からの分け御魂で、
艮大神様より息を吹き込まれお生まれになりました。
釈迦あるいは仏陀というのは俗称です。
本当の御神名は「月照彦」如来様と申し上げます。
天界で通り名として、普段よく呼ばれるのは、
月照彦でも仏陀でもはなく「釈迦」なのだそうです。
6次元の存在でしたが、
今年の2013年1月10日に、7次元へ昇格されました。
如来界というのは、水星の内部世界より通じており、
下層が6次元、上層が7次元となっています。
「如来」と呼ばれる御神霊は、
6次元に35人、7次元に46人、計81人おられます。
意外とたくさんで驚きました。
有名なところとしましては、
7次元には大日如来、6次元には弥勒如来がおられます。
ちなみに、如来は81人ですが、大天使は18人いるんですよ。
この数字、なにか不思議な感じがします。
今年の1月の8日か9日あたりだと記憶しております。
ちょうど、昇格される前日ぐらいに、不思議な夢を見ました。
目の前に、黒い石板のようなものが見えてきました。
大きさはA4くらいをイメージしてください。
それで、釈迦だと思っている人の声が聴こえてきました。
お釈迦様の語りと同時進行で、
石板に金色の文字が、次々に浮かび上がってくるんです。
何ページかあり、切り替わっていきました。
それは日本語と同じように縦書きで、
右から左に進んでいき、日本語でもなければ漢文でもなく、
梵字なのか神代文字なのか、読みとることができませんでした。
お話のテーマは、
この現代、世界で起こっている紛争や戦争についてで、
そのことについて大変お怒りで、
心を痛めておられるご様子でした。
詳細は忘れてしまったのですが、
「なぜ人と人とが殺し合うのか」 「武器などいらない」
このような内容でした。
最後の方で語られていたことがありまして、
これも細かい言葉は忘れてしまい大筋で申し訳ないのですが、
「かつて私が説いた言葉があるが、
人は本来の意味を少しも理解していなくて、
まるで役に立っていない。
私が苦労して伝えたことはなんだったのか。むなしい思いだ。
そのような人が人を傷つけ戦うようなことは、残念でならない。」
とにかく、アツく語っておられました。
そしてその数日後、
アルジェリアで、日本人を含む多くの人の命が犠牲になるという、
痛ましいテロ事件が起きました。
お釈迦様は、このことを危惧されていたのだと、
このときはじめてわかったのです。
釈迦の残した教えは数あると思いますが、
その真の意味を理解できた人間はいないようです。
釈迦という実在した人物は、
素盞鳴大神様の御分霊の、れっきとした“神人”でした。
同じく神人であった厩戸尊(聖徳太子)や、
数津別命(ノストラダムス)、道別命(キリスト)もそうですが、
この方々の教えや伝えは神示でもあり、
人の霊性通りの解釈しかできないのです。
宗教の違いは関係なく、
真(マコト)の道は、ひとつです。
人間にとって都合のよい解釈で伝え広まった結果が、
神をないがしろにした、
“仏の世”にしてしまったのではないでしょうか。
それはキリスト教でも同じことがいえます。
今現在、多くの人々が崇め拝んでいる“仏”は、
人の都合の良いように作り上げられた虚像であり、
真の姿ではありません。
目に見える形ばかりを重んじ、
文字通り、“形式”だけの信仰がほとんどです。
どんな場所にいようと、
御神霊は、ただ素直に純粋に信じ祈る響きに感応します。
ちなみに、おそらく皆さん、私もそうでしたが、
ほとんどの人が、仏像のイメージがあるかと思います。
頭はパンチパーマ(本当は“らほつ”)で、
ちょっぴりヒゲのはえた中年の男性のイメージがありませんか。
しかしこれは人だった時の姿がモデルです。
意外かもしれませんが、 お釈迦様の「神霊」としての御姿は、
20代前半ぐらいの青年で、髪は白髪で腰にとどきそうな長さです。
アーモンド形のぱっちりとした目の、イケメンなんですよ。
植えつけられた「仏」のイメージとは、
およそ似ても似つかない御姿で、
天使と言われたとしたら、そうかと思ってしまいそうです。
顔立ちや雰囲気、感じるエネルギーは、
大天使ルシエルやミカエルと、よく似ています。
というのも、ミカエル、ルシエルとも、
素盞鳴大神様の和魂で同じエネルギー存在であり、
兄弟になるからです。
人はついつい、外見、言葉など、
表面的なものに気をとられがちです。
本物か偽物か、
注意深く、そのエネルギーを感じとることができれば、
あやしいかどうかがわかります。
悪霊、邪霊の類は、あなたの期待通りの神霊の姿になって
本物よりも光り輝いて現れることがあります。
それこそひげを生やした、
あなたの想像通りの釈迦の姿になりすますかもしれません。
そのやり方は大変巧妙で、
善なることを平然と説いてみせることもします。
優しいばかりの美辞麗句に惹かれすっかり信じ込んでしまいます。
見破ることは難しいかもしれませんが、
ぜひお気をつけくださいね。
さて、天使と仏ではどう違うでしょうか。
よくお見かけする見解としましては、
同一存在として、ある仏とある天使を結びつけるものですが、
仏と天使はそれぞれ役割の違う別存在で、同じではありません。
仏が東洋で天使が西洋で、
国によって捉え方が違うというわけではないのです。
天使も仏も、神に仕える、神の使いです。
天使とは、神の想いを人へ届け、
神のための、神の祈りを実現するためにあるのです。
仏とは、神に代わって人の想いを聞き届け、
その祈りを実現するためにあるのです。
神の祈りとは、人の霊性向上です。これにつきます。
それをうながすために、天使はあなたのそばにいるのです。
仏は、人の善き想念の具現化のためにあるのです。
そして、天使は昼の担当で、仏は夜を担当しています。
例えば釈迦に昼間話しかけても、
基本的に昼寝していることが多く、
とてもめんどくさがられます。
信じられないかもしれませんが、これは本当のようですよ。
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